やすまる– Author –
やすまる
53歳、転勤族のサラリーマンです。
障害のある娘との暮らしをきっかけに、
43歳で家を建てました。
介護、子育て、仕事、家づくり。
いろいろあったけれど、振り返れば、
それも全部わが家の時間でした。
今は、妻との旅や車、住まいを楽しみながら、
これまでのこと、そしてこれからのことを
書いています。
いろいろあった。だからこそ、今を生きる。
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バリアフリー住宅で後悔したこと|車椅子の娘と暮らしてわかった間取りと家具選び
図面の中には、暮らしはなかった。 家を建てるとき、私たちはかなり考えたつもりでした。 車椅子でどうやって玄関まで入るか。玄関からリビングへどう移動するか。ベッドルームはどこにするか。お風呂にはどうやって入るか。 図面を見ながら、何度も娘の動... -
障害のある子どもと暮らすバリアフリー住宅|車椅子の娘のために考えた間取りと家づくり
介護しやすい家をつくった。変わったのは、家族の気持ちだった。 障害のある子どもと暮らす家を建てる。 私たちが家づくりを始めたとき、欲しかったのは単なる「バリアフリー住宅」ではありませんでした。 娘は車椅子で生活しています。 車から降ろす。玄... -
夫婦二人になって、また旅をするようになった。
娘の介護と過ごした20年。その先に始まった、私たちの時間。 娘が施設で暮らすようになって、私たち家族の生活は大きく変わりました。 20年近く、私たちの暮らしの真ん中には、いつも娘がいました。 朝起きること。 食事をすること。 お風呂に入ること。 ... -
介護しやすい家をつくった。変わったのは、家族の気持ちだった。
※この記事にはアフィリエイト広告を含みます。 家を建てる前、娘との暮らしには「抱っこ」がたくさんありました。 娘は自分で歩くことができません。 特別支援学校から帰ってくると、介護用バギーで玄関まで。 そこから抱き上げて、家の中で使う別のバギー... -
妻は、ずっと娘のそばにいた。私は、その20年をどこまで分かっていたのだろう。
娘は、胎盤剥離のため緊急手術で生まれた。 生まれてすぐ、妻が娘の顔を見ることもないまま、娘は救急車で別の病院のICUへ運ばれた。 妻自身も入院した。 母と娘は、別々の病院だった。 私は毎日、娘のいる病院へ行き、その足で妻の病院へ向かった。 妻は... -
娘のことを優先してきた。息子は、その隣で育っていた。
息子は、娘の3歳下だ。 息子が生まれたときには、すでに娘がいた。 だから彼にとって、 障害のある姉がいることは、特別なことではなかったのだと思う。 それが、生まれたときからの「普通」だった。 姉と遊びたかった、小さな弟 息子がまだ小さい頃。 仲... -
娘が23歳のとき、妻が「施設を考えよう」と言った。
娘が23歳のころだった。 妻から、 「施設のことを考えたい」 と言われた。 私は少し驚いた。 というより、 まだ早いんじゃないか。 そう思ったのだと思う。 娘はまだ23歳。 私の中で「施設」というものは、ずっと先の話だった。 いつかは考えなければなら... -
3歳でベビーカーを卒業した。娘のために、介護用バギーをつくった。
娘が3歳くらいになった頃だった。 それまでは、普通のベビーカーを使っていた。 まだ小さい頃は、それで何とかなった。 でも、当然ながら娘も大きくなる。 だんだん身体がベビーカーに収まらなくなってきた。 そろそろ、 娘の身体に合ったものが必要だ。 ... -
障害のある娘と海外へ。飛行機に乗るまでが、一番大変だった。
娘が小さい頃から、半年に一度くらいは家族で旅行に出かけていた。 国内旅行は、基本的には車で行ける範囲。 当時は埼玉に住んでいたので、軽井沢にも何度か行った。 といっても、泊まりではなく日帰りがほとんどだった。 娘を連れての旅行は、やはり簡単... -
妻が欲しがった薪ストーブ。私は正直、いらないと思っていた。
家を建てることになったとき、妻にはいくつか「どうしてもやりたいこと」があった。 その一つが、 薪ストーブだった。 私はというと、正直なところ、あまり乗り気ではなかった。 エアコンがある。 わざわざ薪を用意して、火をつけて、燃やす。 どう考えて...
