娘の介護と過ごした20年。その先に始まった、私たちの時間。
娘が施設で暮らすようになって、私たち家族の生活は大きく変わりました。
20年近く、私たちの暮らしの真ん中には、いつも娘がいました。
朝起きること。
食事をすること。
お風呂に入ること。
出かけること。
旅行すること。
家を建てることさえ、娘とどう暮らすかを考えることから始まっていました。
だから娘が施設で暮らすことになったとき、少しだけ心配だったことがあります。
妻と、これからどんなふうに暮らしていくんだろう。
もともと夫婦仲が悪かったわけではありません。
むしろ、仲は良かったと思います。
当時はまだ息子も一緒に暮らしていましたし、ちょうどコロナ禍。
私も家にいる時間が、それまでよりずっと長くなっていました。
それでも。
20年間ずっと「家族4人」で走ってきた私たちにとって、少しずつ夫婦中心の暮らしになっていくことは、やはり初めてのことでした。

あの頃は、家族4人で過ごすことが日常だった。
きっかけは、コロナ禍だった
そんな私たちの暮らしを意外な方向へ動かしたのが、コロナ禍でした。
GO TO TravelやGO TO Eat。
せっかくだから、二人で楽しんでみようということになりました。
それまでも家族旅行にはよく行っていました。
ただ、当時の私はホテルにほとんど興味がありませんでした。
「ホテルなんて、どうせ寝に帰るだけなんだから。」
本気でそう思っていました。
ですから、ホテルを選ぶのは基本的に私。
当然、安さ重視です。
その結果――
「これは、なかなかだな……」
という部屋に泊まることもありました(笑)。
妻からすれば、
「またか」
と思っていたかもしれません。
ところがコロナ禍になると、それまで私たちが泊まろうとも思わなかったようなホテルに、驚くほど手頃な価格で泊まれるようになりました。
せっかくだから泊まってみよう。
そこからでした。
私のホテルに対する価値観が、見事なくらいひっくり返りました。

「寝るだけ」だと思っていたホテルが、旅の目的のひとつになった。
ホテルは「寝る場所」ではなかった
素晴らしいホスピタリティ。
ホテルごとに違うコンセプト。
ロビーの空間。
照明。
家具。
部屋の間取り。
窓から見える景色。
「こういうつくり方があるんだ」
「この動線、いいな」
いつの間にか、そんなところまで見るようになりました。
今振り返ると、ホテル巡りは、のちの私の「住まい」に対する考え方にもずいぶん影響していると思います。
そして、マリオット・ボンヴォイのカードをつくり、ヒルトンのカードもつくりました。
上級会員という世界があることも、その頃初めて知りました。
気づけば夫婦の会話にも、
「次、どこ行く?」
「このホテル、いいらしいよ」
「ここ泊まってみたいね」
そんな話が増えていきました。
娘を中心に回っていた私たちの暮らしの中に、
夫婦二人で楽しむ時間が、少しずつ戻ってきたのです。
忘れられない、モルディブ
その中でも、今までで一番心に残っている旅があります。
モルディブです。
申し込んだものの、出発前は少し不安でした。
飛行機を乗り継いで、さらに島までは水上飛行機。
「ちゃんと着くのかな」
そんなことを思いながら向かった先には、想像をはるかに超える景色が待っていました。
海の色。
夕日。
夜の月。
どれも、写真では伝えきれないほど美しかった。

妻と手をつないで、毎日のようにシュノーケリングをしました。
二人で海に潜って、ウミガメを見つけました。
夕方になると、海に沈んでいく太陽を眺めました。
夜には、海を照らす美しい月を見ました。
妻が嬉しそうに景色を見ている。
その姿を見ながら、ふと思いました。
もっともっと、楽しんでほしいな。
娘が生まれてからの20年間。
妻は、自分の時間をたくさん娘のために使ってきました。
もちろん、私も父親として一緒にやってきたつもりです。
でも、母親である妻にしか分からない大変さが、きっとたくさんあったと思います。
だからこれからは。
行きたいところへ行って。
見たいものを見て。
食べたいものを食べて。
今までとは違う時間も、たくさん楽しんでほしい。
そう思いました。

夫婦二人の時間も、悪くない。
ただ、ひとつ変わったことがある
夫婦二人で過ごす時間が増えて、気づいたこともあります。
妻は昔、食事を二人でシェアすると、少しだけ私の分を多くしてくれていました。
そして最後の一口になると、
「食べる?」
と聞いてくれたものです。
優しい妻でした。
ところが最近。
気づきました。
聞かれない。
最後の一口まで、普通に食べています。
それどころか――
油断すると、半分以上食べていることすらあります。
飲み物も同じです。
昔、私が運転しているときに、
「お茶ちょうだい」
と言えば、妻が飲みたくても、
「どうぞ」
と、必ず私に先に渡してくれました。
ところが最近はどうでしょう。
私が「お茶ちょうだい」と言う。
妻がお茶を取る。
そして――
まず自分が飲む。
そのあと私に渡します。
……ずいぶん変わったものです(笑)。
でも、不思議と嫌ではありません。
むしろ、それだけ自然に二人でいられるようになったということなのかもしれません。
最後の一口を譲らなくてもいい。
先にお茶を飲んでもいい。
そんなことで笑えるくらいの時間が、今の私たちにはあります。
旅先でも、娘のことを思う
もちろん、夫婦二人で旅行していても、娘のことを忘れることはありません。
きれいな海を見ると、
「娘にも、この景色を見せてあげたいな」
と思います。
海外に行けば、娘が小さかった頃に家族で行ったサイパンやグアムを思い出します。
大変なこともたくさんありました。
飛行機に乗せることも、移動することも、食事をすることも、普通の家族旅行とは少し違いました。
それでも今になって思います。
あのとき、連れて行ってよかった。
家族4人で見た景色は、今もちゃんと私たちの中に残っています。

あの頃にしかできなかった、家族の旅があった。
家族の形は変わっていく
子どもたちは大人になりました。
娘は施設で暮らし、週末になると家に帰ってきます。
息子も社会人になり、自分の生活を歩き始めました。
そして私たち夫婦にも、二人で過ごす時間が増えました。
昔と同じ家族ではありません。
でも、それでいいのだと思います。
家族の形は、ずっと同じではない。
子どもが生まれれば変わる。
介護が始まれば変わる。
子どもが家を出ても変わる。
歳を重ねても変わっていく。
そのたびに、
今の家族に合う暮らし方を見つけていけばいい。
これは、家についても同じなのかもしれません。
「今」に合わせるだけではなく、
10年先、20年先。
家族が変わっていくことまで考えておく。
私たちが家づくりを通して学んだことのひとつです。

もし、20年間ずっと娘のそばにいた頃の妻に、今の私から一言だけ声をかけられるとしたら。
たぶん、難しいことは言いません。
「いつも、ありがとう。」
そして、
「困ってることがあったら、言ってね。」
と言うと思います。
当時も、もっと言えばよかった。
今も、もっと言ったほうがいいのでしょう。
最後の一口は、もう譲ってくれなくなりましたが(笑)。
それでも。
これからも二人で、いろいろな景色を見に行こうと思います。
娘にも見せてあげたいと思うような、
きれいな景色を。
そしていつかまた、家族みんなで見られる景色を。
今ある時間を、大切にしながら。

