やすまる– Author –
やすまる
53歳、転勤族のサラリーマンです。
障害のある娘との暮らしをきっかけに、
43歳で家を建てました。
介護、子育て、仕事、家づくり。
いろいろあったけれど、振り返れば、
それも全部わが家の時間でした。
今は、妻との旅や車、住まいを楽しみながら、
これまでのこと、そしてこれからのことを
書いています。
いろいろあった。だからこそ、今を生きる。
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Gクラスを車椅子仕様にした。好きな車を、あきらめたくなかった。
エルグランドは、本当によく働いてくれた。 娘の車椅子を積んで、家族みんなでいろいろなところへ出かけた。 旅行へ行くときは、妻と運転を交代した。 私が運転を代わってもらったときには、後ろへ行って娘のそばで寝転んだりもした。 広い車内だったから... -
30社近く見て、最後に家を任せたのは「考えてくれる人」だった。
※このリンクはアフィリエイト広告を含みます。サービスの利用条件や内容は、リンク先で最新情報をご確認ください。 家を建てようと思い、住宅展示場へ行った。 展示場に入ると、すぐに営業担当者から声をかけられる。 最初のころは、言われるがまま説明を... -
もっと妻の気持ちを聞いてあげて。40歳の自分に言いたいこと。
昔から、人生を楽しんでこなかったわけではない。 仕事は忙しかったけれど、自分の時間も、それなりに大切にしてきたと思う。 ただ、当時の仕事は土日に予定が入ることも多かった。 まとまった休みを取って旅行へ行く、という生活はなかなか想像できなかっ... -
介護しやすい家をつくったら、家族が心地よく暮らせる家になった。
家を建てることを決めたとき、いちばんに考えたのは娘のことだった。 車椅子で暮らす娘にとって、どうすれば生活しやすい家になるのか。 そして私たち夫婦にとっても、毎日の介護の負担を少しでも減らせる家にしたかった。 玄関から寝室までの動線。車椅子... -
「介護しやすい家」だけには、したくなかった。
家を建てると決めた頃、私はかなり考えが甘かった。 娘は車椅子を使っている。 だから、 「車椅子が通れるように、廊下を広くして、段差をなくせばいい」 そのくらいに考えていた。 でも、妻はもっと先のことを考えていた。 娘はこれから、もっと大きくな... -
旗竿地を選んだ。長い通路を、スロープに変えた。
家を建てようと決めてから、土地探しが始まった。 条件はいくつかあった。 娘のことを考えて、福祉の条件がいい地域であること。 予算に収まること。 車での出入りがしやすいこと。 そして、毎日の生活を考えると、スーパーが近いことも大事だった。 こう... -
もうひとつのリビングを、つくった。
家を建てるとき、どうしても欲しかった場所がありました。 2階の、セカンドリビングです。 「リビングなら1階にあるじゃないか」 そう言われれば、その通りです。 それでも私は、2階にもリビングが欲しかった。 ただし、1階のリビングを小さくしたような場... -
必要だと思ってつけた。でも、使わなくなった。
家を建てるとき、介護のためにいろいろな設備を考えた。 そのひとつが、身体を吊り上げて移動させるためのリフトだった。 娘は、リビングダイニングではほとんど車椅子で過ごしていた。 食事をして、テレビを見ながらゆっくりする。 そして眠る時間になる... -
天井ではなく、空を見せたかった。
家を建てるとき、吹き抜けは絶対につくりたいと思っていた。 開放感があるから。家が広く見えるから。 もちろん、そんな理由もあった。 でも、一番の理由は娘だった。 娘は、自分で寝返りをすることができない。 車椅子に乗っていない時間は、仰向けで過ご... -
車椅子が曲がれる玄関。広さより大切だったこと。
玄関は、広くしたかった。 家を建てるとき、玄関はかなり広めにとった。 理由は、娘の車椅子だった。 車椅子は、まっすぐ進むだけならそれほど場所を取らない。 問題は、曲がるとき。 特に90度向きを変えるには、思っている以上のスペースがいる。 だから...
