娘が3歳くらいになった頃だった。
それまでは、普通のベビーカーを使っていた。
まだ小さい頃は、それで何とかなった。
でも、当然ながら娘も大きくなる。
だんだん身体がベビーカーに収まらなくなってきた。
そろそろ、
娘の身体に合ったものが必要だ。
そう考えるようになった。
そこで作ることになったのが、介護用のバギーだった。
既製品を買って終わり、ではない。
娘の場合は、身体に合わせてつくる特注だった。
頭から足まで、全部合わせる
娘は、自分で身体を支えて座ることが難しい。
だから、
頭。
背中。
腰。
脚。
テーブルの位置。
ほぼすべてを、娘の身体に合わせる必要があった。
一見すると、
「身体が動かないように、しっかり固定すればいいのでは」
と思うかもしれない。
でも、そんなに単純ではなかった。

娘の身体に合わせてつくったバギー。家族で出かけるときには、いつも一緒だった。
一番難しかったのは、体幹だった
特に難しかったのが、
体幹をどう支えるか。
身体が傾かないように支える。
でも、何度合わせても、少しずつズレてくる。
「ここなら大丈夫だろう」
と思っても、実際にしばらく座っていると姿勢が崩れてくる。
また調整する。
しばらく使う。
またズレる。
その繰り返しだった。
人間の身体は、椅子に合わせた図面のようにはいかない。
まして、娘の身体の動き方には娘なりの癖がある。
そこを理解しながら合わせていく必要があった。
固定すればいいわけでもなかった
もう一つ難しかったのが、脚だった。
娘は脚を動かしたがる。
だから、
できるだけ自由に動かせるようにしてあげたい。
でも、自由にしすぎると危ない。
車輪やフレームに脚が当たる可能性もある。
つまり、
支えなければいけない。
でも、固定しすぎてもいけない。
このバランスが難しかった。
身体を守るためのものなのに、全部を動かないようにしてしまえばいいわけではない。
娘が動かしたいところは、できるだけ動かせるようにする。
そのうえで危険は避ける。
何度も調整しながら、娘にとってちょうどいいところを探していった。
姿勢が崩れにくくなると、外出が変わった
バギーを使うようになって、一番よかったのは、
途中で姿勢が崩れることが少なくなったこと。
これは大きかった。
姿勢が安定すると、
長く外にいられる。
食事もしやすくなる。
観光もしやすくなる。
旅行にも連れていきやすくなる。
一つのことが楽になると、その先のいろいろなことにつながっていった。

バギーで姿勢を支えられるようになり、家族で出かけられる場所も少しずつ広がっていった。
山へ行く。
ゴンドラに乗る。
船に乗る。
レストランへ行く。
旅行をする。
もちろん、どこでも簡単に行けたわけではない。
でも、このバギーがあったからできたことは多かった。
娘にとってのバギーは、
単なる移動手段というより、
外の世界へ出るための「足」だったのかもしれない。
ただ、とにかく大きくて重い
もちろん、いいことばかりではなかった。
まず、
重い。
そして、
大きい。
毎日、車に積む。
帰ってきたら車から降ろす。
玄関へしまう。
そのたびに持ち上げる必要があった。
これが結構大変だった。
普通のベビーカーなら、折りたたんで簡単に車へ積める。
でも、このバギーはそうはいかない。
娘の身体をしっかり支えるための構造がある分、どうしても大きくなる。

移動先では、家族総出になることも。身体をしっかり支える分、一般的なベビーカーよりずっと大きく、重かった。
そして、大きさは外出先でも問題になる。
狭いレストランには入りにくい。
通路を通れないこともある。
エレベーターも、
「車椅子なら入れるだろう」
と思っていたら、バギーが大きすぎて入れないことがあった。
普通の車椅子以上のスペースが必要だった。
行ってみて初めて、
「あ、ここは無理か」
と分かることもあった。
だから外出するときは、
バギーが入れるか。
段差はないか。
エレベーターは十分な広さがあるか。
そんなことを自然と確認するようになった。
それでも、家族で同じ場所に行きたかった
大きい。
重い。
運ぶのも大変。
入れない場所もある。
それでも、
バギーを使って娘をいろいろな場所へ連れて行った。

外出先でも、家族で同じテーブルを囲む。姿勢を保てることは、食事の時間にもつながっていた。
今、昔の写真を見返すと、
バギーそのものより、
その横にいる家族の姿が目に入る。
妻が押している。
息子が隣を歩いている。
みんなで出かけている。
当時は、
「大きくて重いな」
「また車に積まないと」
なんてことばかり考えていた気もする。
でも、
あのバギーがあったから、
娘も一緒に同じ場所へ行くことができた。
それだけでも、
つくった意味は十分にあったと思う。
一番大切なのは、その子を一番よく見ている人の感覚
バギーや車椅子をつくる人はプロだ。
当然、たくさんの知識や経験を持っている。
でも、
障害の状態は一人ひとり違う。
同じような症状に見えても、
身体の動き方。
力の入り方。
楽な姿勢。
嫌がる姿勢。
全部違う。
娘の場合、
それを一番よく分かっていたのは妻だった。
毎日娘を見ているから、
ほんの少し身体が傾いただけでも、
「これはいつもと違う」
と分かる。
だから、
業者さんに遠慮しない方がいい。
「ここが少し違う」
「もう少しこうしてほしい」
「この固定だと動きにくそう」
そう感じたら、
納得できるまで伝える。
一度でうまくいかなくても、
また直してもらう。
それでいいと思う。
作る側のプロと、
毎日その子を見ている家族。
どちらかだけではなく、
両方の感覚を重ねていくことで、その子に合ったものになっていく。
娘のバギーを何度も調整しながら、
私たちはそれを知った。
そして出来上がったバギーは、
娘を座らせるためだけのものではなかった。
家族で外へ出る。
食事をする。
旅行をする。
一緒に景色を見る。
そんな時間をつくるための道具だった。
今振り返ると、
私はそう思う。
今を、生きる。

