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家を建てる前、娘との暮らしには「抱っこ」がたくさんありました。
娘は自分で歩くことができません。
特別支援学校から帰ってくると、介護用バギーで玄関まで。
そこから抱き上げて、家の中で使う別のバギーへ移す。
食事が終われば、また抱っこしてソファへ。
寝るときには抱っこして寝室へ。
そして朝になれば、また抱き上げてバギーへ。
毎日、その繰り返しでした。
距離にすれば、ほんの数メートルです。
でも、この「少しだけ抱き上げる」という動作が、毎日となるとかなりきつい。
娘の身体が大きくなるにつれて、妻も私も腰への負担を感じるようになりました。
玄関には段差があったので、外出するときには重いスロープを出す。
使ったら、また畳む。
散歩に行くだけでも、ひと仕事でした。
その頃の私たちにとって、
家の中を数メートル移動することさえ、介護だったのだと思います。
「抱っこしなくていい」家にしたかった
だから家を建てるとき、最初に考えたのは、
娘をなるべく抱き上げなくても暮らせる家にすること。
玄関からリビングへ。
ダイニングへ。
浴室へ。
そして寝室へ。
すべて段差をなくし、車椅子のまま移動できるようにしました。
玄関から娘の部屋までは、できるだけまっすぐ。
扉も引き戸を中心にしました。
車椅子が方向を変えやすいように、スペースにも余裕を持たせました。

新しい家に住み始めて、一番驚いたのは、
「同じ車椅子のまま、ずっと移動できる」
ことでした。
玄関から入って、そのままリビングへ。
そのままダイニングへ。
お風呂へ行くときも、寝室へ行くときも同じです。
以前なら、そのたびに娘を抱き上げていました。
それがなくなった。
たったそれだけのことですが、
「こんなに楽になるんだ」
と思いました。
特別な設備より、毎日の動線が効いた
家を建てるときは、どうしても特別な設備に目が向きます。
手すり。
広い廊下。
車椅子対応の浴室。
介護用のリフト。
もちろん、どれも必要でした。
でも実際に暮らしてみて、一番ありがたかったのは、
毎日繰り返していた小さな負担がなくなったこと
でした。
玄関のスロープを出したり、畳んだりする必要もありません。
「散歩に行こうか」
と思ったら、そのまま車椅子を押して外へ出られる。
これだけで、外へ出るハードルがずいぶん下がりました。
妻が腰を痛めることもなくなりました。
家事をしながら娘を見ることも、以前よりやりやすくなったと思います。
介護を楽にするというのは、何か特別な設備を付けることだけではなくて、
毎日の小さな負担を、一つずつなくしていくことなのかもしれません。
これから家づくりを考える方へ
私たちの場合は、娘との暮らしを考えるところから家づくりが始まりました。
でも、必要な家は家族によってまったく違うと思います。
だからこそ、最初から一社に決めてしまうより、いろいろな住宅会社の施工例や考え方を見て、
「自分たちなら、どんな暮らしがしたいんだろう」
と考えてみることが大切だと思います。
私たちも、家を建てるまでに30社近くの住宅会社と話しました。
今なら、いきなりそこまで回りません(笑)。
まず自宅でいくつかの住宅会社や施工例を見比べて、自分たちの考えに近そうな会社を絞ってから話を聞きに行くと思います。
これから家づくりを始めるなら、まず複数社の考え方を比べてみるのも一つだと思います。
資料を見比べながら、「ここなら少し話を聞いてみたい」と思える会社を絞っていけばいいと思います。
最後は実際に話してみて、
「この人は、私たちの暮らしを本当に考えてくれているだろうか」
を見る。
私なら、今でもそこを一番大切にします。
娘が大きくなって、本当に必要になったもの
娘が小さい頃は、抱き上げることも何とかできました。
でも当然、娘も成長します。
身体が大きくなれば、介助する側の力だけでは難しくなっていきます。
そこで浴室には、娘の身体を吊り上げて移動できるリフトを設置しました。

娘が大きくなり、ヘルパーさんにも介助してもらうようになると、これは本当に助かりました。
一方で、私は家の中が「介護施設」のようになるのは嫌でした。
必要な設備は入れる。
でも、できるだけ日常の風景になじませたい。
白い壁。
黒。
木。
家全体の色をなるべく絞り、介護のための設備も、その中に自然に収まるように考えました。
介護しやすいことと、好きな家であること。
どちらかを諦める必要はないと思っていました。
娘も、いつも家族と同じ場所にいた
娘は話すことができません。
だから、
「この家が好き?」
と聞いて、答えてもらうことはできません。
新しい家になってから、心なしか発作が少し減ったように感じた時期もありました。
もちろん、それが家のおかげだったのかは分かりません。
ただ、少なくとも私たちには、以前より落ち着いて過ごしているように見えることがありました。
食事のとき、娘は車椅子のままダイニングテーブルへ。
そこから妻がキッチンに立っている姿も見える。
テレビも見える。
家族の会話も聞こえる。
「娘のための部屋」にずっといるのではなく、
娘も家族の真ん中にいる。

それは家をつくるときに、私たちが大事にしたことの一つでした。
中庭は、ガレージであり、娘の「外」でもあった
わが家の中庭は、普段はガレージとして使っていました。
そこには私の愛車が停まっています。
休日になると、車を外へ出す。
すると、そこが家族の庭になります。
バーベキューをしたり。
椅子を出したり。
娘もリビングから、そのまま車椅子で中庭へ出ることができました。

遠くまで出掛けなくてもいい。
家の中から数メートル進むだけで、外の風を感じられる。
空が見える。
家族と同じ場所で過ごせる。
以前なら、外へ出るためにまず重いスロープを準備していました。
新しい家では、
「ちょっと外に出ようか」
が、本当に「ちょっと」で済むようになりました。
これは想像していた以上に大きなことでした。
私自身、家に帰るのが楽しみになった
家を建てて変わったのは、妻や娘だけではありませんでした。
私も変わりました。
仕事が終わって、
家に帰るのが、すごく楽しみになった。
夜のわが家が好きでした。
照明にもかなりこだわりました。
ただ部屋を明るくするだけではなく、
白い壁に、どんな影ができるか。
夜、どこを照らせば家がきれいに見えるか。
そんなことまで考えました。
そして中庭には、愛車がある。
お風呂に入りながら車を見る。
リビングでゆっくりしながら車を見る。
2階へ上がるときも、階段を上りながら車を見る。
……どれだけ車を見たいんだ、という話ですが(笑)。
でも、それが私にとっては心地よかったんです。

ソファに横になると、その上には吹き抜けがあります。
高い天井をぼんやり眺めていると、
「もう少し、このままでいたいな」
と思う。
以前の住まいでは、家は生活をする場所でした。
新しい家では、
家そのものが、休める場所になった。
そんな感じがしました。
妻が楽しみにしていた、冬の薪ストーブ
そして冬になると、薪ストーブに火を入れます。
もともと薪ストーブを欲しがったのは妻でした。
私は正直、最初はそこまで必要だと思っていませんでした。
でも、住み始めると分かりました。
冬の夜は、ほとんど毎日のように火を入れました。
しかも、
火をつけるのは、妻が一番上手い。
これは今でも認めざるを得ません(笑)。

食事が終わると、
妻と私はテーブルでコーヒーを飲む。
娘はその横で車椅子に座っている。
テレビを消して、薪の音だけを聞くこともありました。
パチッ、パチッ。
炎をぼんやり眺めながら、三人で過ごす。
何か特別な話をしていたわけではありません。
でも、あの時間が好きでした。
そして、ときどき妻が言います。
「たまにはパパがコーヒー淹れてよ」
その瞬間、
「しまった」
と思う(笑)。
薪ストーブの火は妻がつけてくれて、コーヒーまで妻が淹れてくれている。
そんなことも度々ありました。
今思えば、それもわが家らしい時間でした。
介護する側の気持ちも、家に左右される
家を建てるとき、私はずっと、
どうすれば娘の介護が楽になるか
を考えていました。
段差をなくす。
広くする。
抱き上げる回数を減らす。
リフトを付ける。
もちろん、それらは本当に役に立ちました。
でも、住み始めてから気づいたことがあります。
身体を助けることだけが、介護しやすい家ではないのかもしれない。
明るいこと。
外が見えること。
好きなものに囲まれていること。
散歩に気軽に出られること。
中庭でバーベキューができること。
夜、好きな照明の中で過ごせること。
そして冬には、炎を眺めながら家族でぼんやりできること。
介護する側の気持ちに少し余裕ができれば、
娘への接し方も変わります。
会話も変わります。
親であっても、それは同じだと思います。
イライラしているときと、
心に少し余裕があるときでは、
同じ介護をしていても、たぶん全然違う。
家は、それを少し助けてくれました。
家が助けていたのは、娘だけではなかった
娘の身体を助けるためにつくった家でした。
でも、今振り返ると、
本当に助けられていたのは、娘だけではなかったのかもしれません。
妻の腰への負担が減った。
散歩へ行きやすくなった。
私は家へ帰るのが楽しみになった。
家族で過ごす時間が、少しゆっくりした。
冬の夜には、三人で薪の燃える音を聞いた。
介護をなくすことはできません。
でも、
介護をしながら、家族として暮らすことはできる。
それを教えてくれた家だった気がします。
介護しやすい家をつくった。
変わったのは、家族の気持ちだった。
家づくりは、建物だけではなく、土地選びから始まっています。
「この土地で、本当に自分たちの暮らしがつくれるだろうか」
そんな段階から迷っている方にも、私の経験がお役に立てるかもしれません。

