娘が小さい頃から、半年に一度くらいは家族で旅行に出かけていた。
国内旅行は、基本的には車で行ける範囲。
当時は埼玉に住んでいたので、軽井沢にも何度か行った。
といっても、泊まりではなく日帰りがほとんどだった。
娘を連れての旅行は、やはり簡単ではない。
荷物も多い。
移動にも時間がかかる。
段差や階段があるだけで、予定通りにいかないこともある。
それでも、
行けるところには行ってみよう。
そんな感じだったと思う。

国内旅行でも、介護用バギーと一緒。移動するだけでも家族総出になることがあった。
一番気にしたのは、ホテルのお風呂だった
ホテルを探すとき、特に気にしていたのがお風呂だった。
娘を入浴させるには、一人では難しい。
妻と二人で介助できるだけの広さが必要だった。
バリアフリールームは、一般の部屋より広めにつくられていることが多く、それだけでもずいぶん助かった。
食事にも準備が必要だった。
娘はホテルで出される料理を、そのまま食べられるわけではない。
だから事前にホテルへ連絡して、
何が食べられるのか。
どのように対応できるのか。
相談しておく。
今振り返ると、
旅行へ行く前から旅行は始まっていた。

旅行先での食事も、事前に相談しながら。家族みんなで同じテーブルを囲めることがうれしかった。
それでも、海外へ行ってみたかった
国内旅行だけではなく、
家族で海外にも行った。
サイパン。
そしてグアム。
今考えても、
よく行ったなと思う。笑
何が大変だったか。
現地より、
飛行機に乗るまでが圧倒的に大変だった。
当時、娘はまだ子どもで、今のような車椅子ではなく介護用のバギーを使っていた。
旅行を決めてから、航空会社とは何度も打ち合わせをした。
バギーの大きさ。
重さ。
形。
耐久性。
娘の身体の状態。
最終的には、医師の診断書も求められた。
娘は自分で座位を保つことができない。
通常の座席にそのまま座らせるのは難しい。
そこで、座椅子のようなもので身体を支えれば搭乗できそうだというところまで、事前に話を詰めていた。
準備はした。
これなら行ける。
そう思って空港へ向かった。
ところが。
出発当日、「乗せられません」と言われた
空港で娘の様子を見た客室乗務員の方から、
搭乗は難しいと言われた。
一瞬、
何を言われているのか分からなかった。
今日まで何度も打ち合わせをしてきた。
診断書も用意した。
会社も休んだ。
家族みんなで楽しみにしてきた。
それなのに、
出発当日になって、
「乗れない」
と言われる。
フライトまで、あと2時間ほどだった。
私はどうしても納得できなかった。
もう一度お願いした。
これまで航空会社と相談してきた経緯。
娘の状態。
どのように座らせる予定なのか。
この旅行をどれだけ準備してきたのか。
何を話したのか、細かいところまではもう覚えていない。
ただ、
相当必死だったことだけは覚えている。
やがて、機長まで来てくれた。
そして最終的に、万一の際の責任について親側でも確認したうえで、搭乗できることになった。
その瞬間は、
喜んだというより、
ドッと疲れた。
ひとまず、
「行ける……」
とホッとした。
まだ飛行機にも乗っていないのに。笑
着いてみたら、海外の方が楽だった
ところが、
苦労して到着した海外では、意外なことが待っていた。
少なくとも、私たちがサイパンやグアムへ行ったときは、
日本にいるときより動きやすいと感じた。
設備がすべて完璧だったからではない。
人だった。
レストランへ入ろうとすると、扉を大きく開けてくれる。
段差があると、店の人が手伝ってくれる。
階段でも困っていると、近くにいたお客さんまで自然に手を貸してくれた。
だから不思議と、
段差や階段で困った記憶があまりない。
そして、もう一つ印象に残っていることがある。
みんな、
娘に普通に話しかけてくれた。
店員さんも。
街で出会った人も。
とてもフレンドリーだった。
娘に障害があることを特別扱いするというより、
そこにいる一人の子どもとして、自然に声をかけてくれる。
その感じが、私にはとても心地よかった。
グアムの海で、娘が笑った
グアムでは、カヤックにも乗った。
娘を前に乗せ、家族で海へ出た。
今だったら、
「大丈夫かな」
と、もっと慎重になるかもしれない。笑
でも、そのときの写真を見ると、
娘は笑っている。
楽しそうだった。
もちろん、
娘が何を感じていたのか、本当のところは分からない。
でも、
笑っている娘を見れば、
連れてきてよかったと思った。
「旅行なんて無理」と思う気持ちも分かる
娘は寝たきりだった。
突然、けいれんのような発作が出ることもあった。
泣き叫ぶような状態になり、それがなかなか治まらないこともあった。
だから、
「そんな状態で旅行へ行く必要があるのか」
と思う人もいるかもしれない。
実際、
大変だった。
旅行先だからといって、介護がなくなるわけではない。
むしろ普段とは違う環境だから、家にいるより大変なこともある。
だから、
私は無責任に、
「障害があっても、どんどん旅行へ行きましょう」
とは言えない。
無茶はしない方がいい。
子どもの体調を一番に考える。
準備も必要だ。
航空会社やホテルとの相談も必要になる。
それでも。
その瞬間は、その時しかない
私たちが旅行へ行ったのは、
何か特別なことを成し遂げたかったからではない。
娘が笑ってくれる瞬間を見たかった。
家族で一緒に過ごしたかった。
そして、
想い出をつくりたかった。
ただ、それだけだった。
子どもは大きくなる。
親も歳をとる。
家族の状況も変わっていく。
今ならできることが、
来年もできるとは限らない。
あの頃の私たちは、そんなことを深く考えていたわけではなかったと思う。
でも今になって写真を見ると、
よく分かる。
グアムの海で笑っている娘。
家族みんなで乗ったカヤック。
あの瞬間は、
もう二度と同じ形では戻ってこない。
だから、
もし今、
「行ってみたい。でも無理かな」
と思っている人がいるなら、
私はこう思う。
無茶はしない。
でも、「無理そう」というだけで、最初から諦めなくてもいい。
できる方法を探してみる。
相談してみる。
準備してみる。
それでも難しければ、そのとき考えればいい。
行きたいと思ったとき。
一緒に行けるとき。
その瞬間は、
その時しかないのだから。
今を、生きる。

