必要だと思ってつけた。でも、使わなくなった。

家を建てるとき、介護のためにいろいろな設備を考えた。

そのひとつが、身体を吊り上げて移動させるためのリフトだった。

娘は、リビングダイニングではほとんど車椅子で過ごしていた。

食事をして、テレビを見ながらゆっくりする。

そして眠る時間になると、隣の寝室へ車椅子で移動する。

そこからベッドへ。

毎日のことだから、この移動を少しでも楽にできた方がいい。

そう考えて、寝室には移動用のリフトを設置した。

きっと使うと思っていた

寝室につけたのは、壁に取り付けるタイプのリフトだった。

使うときにはアームを横に伸ばし、身体を吊り上げて、そのままベッドの方へ移動させる。

介護する側の負担を考えれば、当然あった方がいい。

家を建てているときは、そう思っていた。

ただ、この装置にはそれなりの存在感がある。

使わないときには、正直ちょっと邪魔になる。

だから設計の段階で、できるだけ収納スペースの中に隠せるようにした。

そこまで考えて設置した設備だった。

ところが。

実際に暮らし始めると、思っていたのとは少し違った。

「抱っこした方が早い」

最初のうちは、リフトを使っていた。

車椅子から吊り上げる。

アームを動かす。

ベッドの位置まで移動する。

ゆっくり下ろす。

もちろん、安全に身体を移動させるためにつくられた装置だから、ちゃんと使える。

でも毎日の生活では、別の問題があった。

時間がない。

食事を終えて、着替えをして、歯磨きをして、薬があれば飲ませて、寝る準備をする。

そんな日常の中で、

「リフトを準備して……」

とやっているより、

そのまま抱きかかえてベッドに移した方が早かった。

距離にすれば、ほんのわずか。

車椅子からベッドまで。

結局、寝室のリフトはだんだん使わなくなった。

あれだけ必要だと思ってつけた設備なのに。

これは、家を建てる前には想像できなかった。

それでも、介護用ベッドは正解だった

一方で、同じ寝室に置いた介護用ベッドは違った。

これは本当に役に立った。

特に大きかったのが、高さを変えられること。

車椅子からベッドへ抱きかかえて移すにしても、ベッドの高さが合っているのと合っていないのとでは、身体への負担がまったく違う。

ほんの数十センチのこと。

でも、毎日となると大きい。

介護設備というと、大掛かりな機械に目がいきがちだけれど、実際の暮らしでは、こういう小さな調整ができることの方が役に立つこともある。

これも、暮らしてみて初めて分かったことだった。

同じリフトでも、浴室はまったく違った

そして、もうひとつリフトを設置した場所がある。

浴室だ。

こちらは寝室とは正反対だった。

ものすごく使った。

というより、

これがなければ、入浴はかなり大変だったと思う。

脱衣室で、車椅子から身体を吊り上げる。

リモコンを操作して、そのまま浴室へ移動する。

そして浴槽の上まで来たら、ゆっくりと身体を下ろしていく。

天井に設置したレールに沿って動くので、脱衣室から浴槽まで、そのまま移動できる。

家族の間では、

「UFOキャッチャーみたいだね」

なんて言っていた。

言葉だけ聞くと少し大げさな装置に思えるかもしれない。

でも、実際の動きはとても自然だった。

リモコンの操作も難しくない。

上がるスピードも、横に移動するスピードも、ちょうどいい。

速すぎて怖いこともないし、遅すぎてイライラすることもない。

この「ちょうどよさ」は、毎日使うものとして、とても大切だった。

お風呂は、毎日のことだから

寝室の移動なら、抱きかかえて数歩で済む。

でも入浴はそうはいかない。

服を脱がせて、車椅子から身体を移し、浴槽まで運び、湯船に入れる。

濡れた身体を支えながらの介助は、寝室での移動とはまったく違う。

滑る。

重い。

そして何より、介助する側もされる側も危ない。

だから浴室のリフトは、本当に助かった。

寝室のリフトと浴室のリフト。

目的はどちらも、

「身体を安全に移動させること」

だった。

それなのに、一方はほとんど使わなくなり、もう一方はなくてはならないものになった。

面白いものだと思う。

図面の上では、分からない

家を建てるときは、当然ながら一生懸命考える。

「ここにこれがあれば便利だろう」

「将来こうなるかもしれない」

「介護するなら、これは必要だろう」

専門家にも相談する。

カタログも見る。

ショールームにも行く。

それでも、実際の暮らしを完全に想像することはできない。

便利そうなものが、便利とは限らない。

逆に、

大げさに見えたものが、なくてはならないものになることもある。

寝室のリフトと浴室のリフトは、それをよく教えてくれた。

介護の家は、設備だけでは完成しない

もし今、介護のための家を建てようとしている人がいたら、

「この設備をつければ大丈夫」

とは、僕は言えない。

身体の状態も違う。

介護する人も違う。

家族の生活リズムも違う。

そして、その生活は少しずつ変わっていく。

だから大切なのは、設備をたくさんつけることではなく、

その家族が実際にどう暮らすのかを、できるだけ具体的に想像すること。

それでも、きっと外れる。

僕たちもそうだった。

でも、それでいいのだと思う。

必要だと思ってつけたものが、必要ではなくなることもある。

逆に、つけておいて本当によかったと思うものもある。

家は、完成した瞬間に完成するものではない。

実際にそこで暮らしながら、

使って、

使わなくなって、

工夫して、

また変えていく。

そうやって少しずつ、

自分たちの家になっていくのだと思う。

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この記事を書いた人

53歳、転勤族のサラリーマンです。
障害のある娘との暮らしをきっかけに、
43歳で家を建てました。

介護、子育て、仕事、家づくり。
いろいろあったけれど、振り返れば、
それも全部わが家の時間でした。

今は、妻との旅や車、住まいを楽しみながら、
これまでのこと、そしてこれからのことを
書いています。

いろいろあった。だからこそ、今を生きる。

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