家を建てると決めた頃、私はかなり考えが甘かった。
娘は車椅子を使っている。
だから、
「車椅子が通れるように、廊下を広くして、段差をなくせばいい」
そのくらいに考えていた。
でも、妻はもっと先のことを考えていた。
娘はこれから、もっと大きくなる。
小さい頃のように、抱きかかえてベッドに寝かせたり、お風呂に入れたりすることは、だんだん難しくなる。
「そのうち、抱っこでは無理になるよ」
妻にそう言われた。
ベッドへの移乗。
お風呂に入れること。
毎日の介護を続けていくためには、身体を吊り上げて移動させるような装置も必要になるかもしれない。
実際、私たちはそうしたリフトまで調べた。

なるほど。
確かに必要なのかもしれない。
でも、そのとき私は別のことも考えていた。
これ、全部そのまま入れていったら、かなり施設みたいな家にならないか。
もちろん、娘が安全に暮らせることが一番大切だ。
介護する私たちの負担も、できるだけ少ない方がいい。
だから必要なものを我慢するつもりはなかった。
でも、ここは施設ではない。
私たち家族が毎日暮らす「家」だ。
だったら、
介護しやすくて、なおかつ格好いい家にできないだろうか。
そんなことを考えるようになった。
「いいな」と思った空間は、片っ端から撮った
そこからは、いろいろなものを見るようになった。
住宅雑誌はもちろん、カフェやホテルに行っても、
「この壁、いいな」
「この照明、格好いいな」
「この空間の感じ、家でもできないかな」
と思えば、写真を撮った。
今みたいに何でもスマホで簡単に探せる時代ではあったけれど、実際の空間に入ったときの感じは、やっぱり写真だけでは分からない。
素材。
光。
家具。
植物。
外とのつながり。
そういうものを見ながら、少しずつ「こんな家にしたい」というイメージをつくっていった。
介護に必要なものを隠してしまおう、ということではない。
必要な機能があっても、それが自然に暮らしの中にある家。
そんな家にしたかった。
一番考えたのは、娘の動線だった
見た目を考える一方で、間取りについては徹底的に娘の動きを考えた。
特に大事だったのが、
玄関から家の中へ入ってからの動線。
外から帰ってきて、そのままリビングへ行くこともある。
食事ならダイニングへ行く。
疲れていれば、寝室へ直行することもある。
そこで、玄関から娘の寝室までは、
一度も曲がることなく、一直線で行けるようにした。

車椅子は、前に進むだけならそれほど大きなスペースはいらない。
でも、方向を変えるとなると話が違う。
毎日の生活で何度も繰り返すことを考えれば、できるだけシンプルな方がいい。
1階の扉も、すべて引き戸にした。
娘の寝室と浴室の扉は、普段はほとんど開けたままだ。
だから移動するときに、いちいち扉を開けたり、車椅子を切り返したりする必要がない。
床は無垢材にした。
もちろん雰囲気が好きだったこともあるけれど、車椅子で毎日走ることを考えて、傷にも強い、いいものを選んだ。
こうして振り返ると、私たちが考えていたのは、
「車椅子が通れるか」
ではなかったのだと思う。
車椅子で、普通に暮らせるか。
その違いは、結構大きい。
介護のためだけに、家をつくるわけではない
ただ、家づくりは面白い。
娘の動線については、夫婦ともかなり真剣に考えていたのに、自分たちの希望になると、意見が合わないこともあった。
キッチンは、その代表だった。
妻には妻のこだわりがあり、私には私の考えがあった。
薪ストーブもそうだった。
妻は欲しがった。
私は最初、かなり消極的だった。
「本当にいる?」
という感じだったと思う(笑)。
吹き抜けやテラスについても、最初から夫婦二人で大盛り上がりしていたわけではない。
ところが。
いざ「薪ストーブを入れよう」となると、今度は私までこだわり始めた。
せっかく置くなら、普通のものでは面白くない。
格好いいものがいい。
でも、デザインだけではなく、機能もちゃんとしていてほしい。
二人でいろいろ探しに出かけた。
そして、ようやく、
「これ、いいね」
と思える一台に出会った。

まだ家が完成する前。
ビニールをかぶった薪ストーブを見ながらも、完成した空間を想像していた。
そして実際に火が入った。

これは嬉しかった。
最初はあれほど消極的だった私も、すっかり気に入ってしまった(笑)。
こういうことも、注文住宅の面白さなのかもしれない。
必要なものと、好きなもの
娘のために必要なものがあった。
車椅子で動きやすい間取り。
段差のない床。
すべて引き戸にした1階。
寝室まで一直線に進める動線。
将来の介護まで考えた設備。
でも、それだけで家をつくったわけではない。
妻がこだわったキッチンがある。
二人で探した薪ストーブがある。
吹き抜けがある。
テラスがある。
好きな照明があり、植物がある。

どちらかを諦める必要はなかったのだと思う。
介護しやすいこと。
家族が好きな空間で暮らすこと。
最初の私は、どこかで別々のものだと思っていた。
でも、家をつくっていくうちに、少しずつ考えが変わった。
「介護のための家」ではなく、家族の家
娘が暮らしやすいことは、大前提だった。
それは今も変わらない。
でも、私たち夫婦もここで暮らす。
息子もいる。
ご飯を食べる。
テレビを見る。
薪ストーブに火を入れる。
植物を育てる。
テラスに出る。
家族の日常がここにある。
だから、
「介護のための家」をつくりたかったわけではない。
娘も含めて、家族みんなが心地よく暮らせる家をつくりたかった。
それだけだったのだと思う。
介護しやすいことと、暮らしを楽しむことは、反対ではなかった。
むしろ両方を諦めなかったからこそ、
この家は、私たちの家になった。
そして、住んでみて思うこと
家が完成してから、何年も暮らした。
設計図を見ていた頃には分からなかったことも、たくさん分かった。
「これは本当にやってよかった」
と思うものもある。
逆に、
「ここは、こうしておけばよかったな」
というところもある。
バリアフリーの家だからといって、完璧なわけではない。
でも、実際に娘と暮らしてきたからこそ分かったことがある。
それはまた、別の記事に書こうと思う。

